子どもたちに合わせて自分をチューニングしていく

ぼくは人生を穏やかに生きていたいと思うけど、一方で自分自身は変化し続けていたいと感じている。
矛盾していないかと問われたらまったく自信はないのだけど、とにかく今のぼくには同居している感情だ。平穏と変化はどうやら共存しうるらしい。

日常的に子どもたちと一緒に勉強する。どうやら自分自身を変化させていくこととイコールなのだと思う。大人にとっての1日と子どもたちにとっての1日は密度が大きく違う。それは、もう体感からも断言できることで。彼ら彼女たちは週単位でいや、日単位で新陳代謝が行われている。文字通り日々更新されている姿を一番身近で見られる。
そんな環境だからこそぼくも日々異なる刺激を受けるし、それはぼくの後者の願望を叶えてくれている。

また、ぼくが個々に応じて自分自身をチューニングさせている。その点も変化し続けたい欲望を解消してくれている。
この仕事を始めるまでは、塾(みたいな存在)には学習内容を分かりやすく噛み砕くスキルが最も必要だと感じていた。むしろそのスキルのみで食べていけるのだろうと。
ただそんな幻想はあっけなく消えたし、目の前の子どもたちを満足させようと思えば分かりやすくするスキルはただの必要条件の1つでしかなかった。

ざっと挙げられるだけでも、

その子が興味や好きな対象を聞き出せるか会話力
はたまたその興味や好きな対象を実際に自分でやってみるチャレンジ精神
日常会話を展開してその子のパーソナリティーを明らかにするコミュニケーション能力
その子がどこまで理解しているかの理解力と適切な質問力
現状と到達点の距離を測り実現して行くまでの計画力
モチベーションを維持させて行くカウンセリングのような場面もある

こういった力というか心構えがあると必要十分だと感じる。
またそれらは目の前の学生に応じてプライオリティは変わってくるわけで、もっとも経過によっても変化して行く。そういった意味で常に自分を調整して行くイメージで向き合っている。
ぼくにとってはこのチューニングしていく悦びがある。