納得するまで伝えることも大切だけど

勉強を教えていて、定期的に思いとどまることがある。
自分は勉強を絶対的に正しいこととして押し付け過ぎていないかと。

日々わからない、納得のいかないことについて解説をしながら子どもたちと一緒に勉強しているけれど。
解説していて途中で考える体力が明らかになくなってただ相槌を言うだけになっていたり、自分の疑問に納得がいくまで疑問をぶつけてくれる子だったり。
ぼくは新しい知識を得ることが楽しいと感じるタイプなので、目の前の子にとっての納得はどこに潜んでいるのだろうと探るようで楽しくなる。ただ全てを納得させなければならないというのは少し違う気がしている。
納得を強いるようになったらダメだなと。

なにかを学ぶことは生きて行く上で必要なことだ。そこは間違いないと思っている。
その前提に立てば勉強を教えることも大切なことに変わりはない。

ただあまりに勉強を第一に考えすぎて、もっと教科書の外側にもある学びを取りこぼしているのじゃないかと。
子どもたちに勉強が大切だと説く大人は、大阪在住の阪神ファンくらいいるけど、なぜ勉強が大切なのかを説く人は大阪在住の巨人ファンくらい少ないと思う。

塾を開校し勉強を教えていると、学校での学びは前提としてそこからどれだけ広げられるのかを考えることが多い。
そもそもホウカゴノガッコウという塾を開いたのは子どもだったぼくが喜ぶような好奇心を満たせる環境を作りたいからだった。

多分ぼくが定期的に感じる、自分の考えを絶対視していないかという疑問はもっとシンプルな納得の一手があるんだろう。
押し付けず自分が楽しいと思う姿を見せるだけでもいいのかもしれない。