孤独はとても贅沢なことだと思った

幼い頃から学校ではクラス単位で動いて、外で遊ぶ時は同じ学校に通う子たちと遊んで。
思えば幼稚園に入った瞬間から意識しなければ孤独な時間を作ることは難しくなったように思う。

ようやく孤独な時間を手に入れたのは大学で一人暮らしを始めてからだ。

孤独を避けていたわけではない。
実家で暮らしていると常に母親か姉が家にいるわけで、外に出ることでしか継続的な孤独は手に入れられなかった。だから束の間の孤独を味わおうとよく自分の部屋にこもっていた。

そういった物理的な問題もあるけど、周囲からの一人でいることは寂しいこと、すこし恥ずかしいなどの虚構のイメージを勝手に作り出していた部分もある。
中学でも高校でもクラスの3割くらいは1人でいたかったんじゃないかと思う。常にというわけではないだろうけど。
だから休み時間になれば必要以上に、というよりも惰性的に群れていた。

大学に入るとそういった傾向もなくなり、そもそも個人が何をしているかわからない状況が常となった。一人暮らしであることも相まって、とことん孤独を突き詰める始める。

具体的に何をするかというと、読書や映画鑑賞、自分の持つ疑問を紙に書き留めて考えたりだ。こういった誰にも邪魔されない自分だけの時間が、どれほどぼくという個人を形成するために必要だったかと思う。
きっとあの時間がなければ今のぼくに必要だった何かが抜け落ちているだろうし、今後もきっと必要だろう。

大学卒業を機に実家に帰って、そのあと改めて1人で暮らしていると、いかに孤独な時間を作るのが金銭的にも物理的にも難しいことかがよく分かる。えらく贅沢な時間を過ごさせてもらったと思う。