うちの子変なんですよ

賢いとか頭がいいとか、何気なく口に出る言葉だけどその実態を言葉にすることは容易ではない。

学校の成績が良いとも言えるけど、また違ったニュアンスも含むし、もっと大きなくくりを指している気がする。
最近よく言われる地頭がよいというのもそうだ。

子どもが賢くなってほしいと思う保護者は多いけれど、ここでいう賢いとは、つまるところ成績みたいな結果も大切だけど、勉強が楽しいだとか、知ることへの姿勢が積極的になってほしい、そんなことを指すんじゃないだろうか。

ただ子どもたちが自分の好奇心に真剣に取り組む姿はきっと他人の想像を超えて異様に映るだろう。
だからそんな好奇心旺盛な子どもの様子を保護者は、「うちの子変なんです」と話す。

確かに目の前の川の中にどんな微生物がいるか知りたくてペットボトルに水を汲んだり、壊れたパソコンの中身を知りたくて分解したり、ふとアイスクリームとラクトアイス、氷菓の違いが気になる子は極めて稀だ。

だからいくらかの謙遜を含めて「うちの子変わっているんです」と話してくれる。
ぼくはそんな“変わっている子”を見ると自分のことを見ているようでとても嬉しくなるし、その子がいま何に興味をもっているのか根掘り葉掘り聞きたくなる。

何かに興味を持ってさらに行動へと移す姿はぼくは変わっているというよりも知的でたくましいと思う。
だから保護者の人もうちの子は好奇心旺盛なんです。と胸を張って教えてくれるようになったら、そして本人がそこに自信をもてたらなによりだ。