学ぶチャンネルをたくさん用意する

いくらぼくが子どもたちに勉強の意味を説いたところで、外の人からの一言や友人の行動に感化されて勉強に身が入ることもある。
中原淳教授がブログで取り上げていて大きく頷いたトピックだった。

ぼくが全てを教える必要はないし、そもそもできないと思っている。
それはなにかを悟っているからでもないし、自信のなさの現れなのかもしれない。
ただ自分の経験から、いろんな人や物から、様々なタイミングで学ぶことが大切だと思う。
学ぶチャンネルは少なすぎない方がいい。

学ぶチャンネルを一つだけにしてしまうと、比較対象がなくてそれが絶対的に正しいことのように考えてしまう。
学ぶことには、既存の知識を打ちこわして新たな知識を定着させる側面もある。
だから学ぶ手段や人は多様であるほうがいい。

なにか学べた時に貢献したであろう多くの要素の一つにぼくが入っていたらうれしい。それくらいのスタンスだ。
だから先生だけでなくて、友達からも近所のおじさんおばさんにも、人だけじゃなく本からでも動画からでも大いに学べばいいと思う。
だれもが絶対的な答えを持ち合わせているわけでもないのだから、自分の中のフィルターを使って清濁を取り入れて欲しい。

ぼくは人の上に立って導くようなリーダーシップというものを持ち合わせていない。どちらかといえば、全体を見渡してこれからの方策や計画をたてる方が性に合っている。だからリーダーよりもコーチの方が適している。

これまで何度か人の上に立ったことはあるけれど、それも結局は参謀が上に立つようなちょっといびつな組織になってしまって、つくづく向いていないと思った。ビジョンを語ったり、周囲を先導(扇動?)したりとマッチョなリーダーからは遠く離れた位置にいると思っている。

今教えている子どもたちに対しても、全てをぼくが答えようとはしていない。
ただ答えにたどり着きそうな手段は必ずアドバイスしている。そうやって、子どもたちと一緒に試行錯誤を楽しんでいる。