ちゃんとやらなきゃは立派な原動力

どんな行動をするのであれモチベーションの存在は欠かせない。
モチベーションという言葉はもはや常用語として定着していてやる気と同義語のように意識しているけれど,改めて定義を確認すればgoogleには「人が何かをする際の動機づけや目的意識。」とあった。

気づいたのはぼくはモチベーションをもっと軽い印象に捉えていたことだ。
その時々によって,あるかどうか分からない鉱産資源を掘っているような,あやふやなものだと。

行動を起こす際に持ち合わせているかどうかわかるものではなくて,実際はそもそも行動を起こす理由だった。

子どもたちの中に「勉強のやる気が起きない。」
と言っている子が続出する。この定義を踏まえると彼らはモチベーション,つまり勉強をする目的意識がないことが多い。
どうしても周囲は勉強を急き立てたりするけれど,それは燃料を外からどんどん入れるようなもので,そもそも当人には勉強をしていくためのエンジンが用意されていないことが多い。

将来に就きたい職業が決まっていて,その夢のために今からしっかり勉強して準備しておく。
どの大人が聞いても非の打ち所のない目的意識だ。素晴らしい。

ただそこまでの計画性と,就きたい職種を見つけ出した運を持ち合わせている子なんてそうそういなくて,ぼくみたいにただ低い点数を取りたくなかったという理由その一点を目的意識にしてもいいのではないかと思う。
持ち合わせた理由が自分がその行動(勉強)を納得できるものであれば,理由に貴賎はないと思っている。

学生であれば少なくともしっかり成績を取っておけば周囲の大人はなにも言ってこないのだし,誰も損しないむしろ自由が担保されるための行動だ。あのころのぼくはそこまでのしたたかさは持ち合わせていなかったのだけれど,こういった打算的な目的意識も大いにありだと思う。