思考の出発点を確保しておく

中学生が理科でやる天体の勉強をしていた。

太陽は東から昇って西に沈むとか、同様に地球からの見かけ上、星座も東から西に移動しているように見えるということにいまいち納得がいかない様子だった。

ぼくはとっさに、
「夕方の強い日差しのことをなんていう?」と聞けば、その子は
「西日!」と元気良く答えた。

「どうしてその名前なの?」と重ねて聞くと
「西に沈んで行くから」と答えてくれた。
その質問の後に太陽はどの方向から昇ってどの方向に沈むの?
と質問すれば自信をもって答えを言ってくれる。

そこから、あくまで太陽が動いているんじゃなくて地球自体が自転していることを伝える。
地球は太陽の周りを一年かけて回るけど地球自体ははおおよそ1日に1周するから昼夜ができるんだよねと。

自分の身の回りにイメージしやすいことから話せば多くの子は納得感を持って理解してくれる。
自身のかつての体験が思考の出発点になるからだ。そしてそこから導き出された考えは、水を吸う珪藻土みたいに即座に受け入れられる。
ぼくはその人自身の体験に勝る納得はないと思う。

だからいつだってその人が自分ごととして考え付くような思考の出発点を模索している。

例えば計算問題で誤答した際にも、正解をいきなり言うのじゃなくて、一緒にその誤った解き方で解いてみる。
なにを間違えたのかを自身で理解できるように会話のなかで模索していく。

思考の拠り所を使って知識が増えるほどに、新たな知識の出発点が増えるのは勉強の醍醐味だし、なんというか自分のステータスが上がったようで誇らしい気分になる。