1人でボールを蹴っていた頃といまは地続きな気がする

小学生の時市内のサッカーチームに所属していた。
毎日のように日が暮れるまで近所の公園へ行って一人でボールを蹴っていた。
どうやったらボールに力をうまく伝えられるかだとか、どう体を動かせばボールの芯を捉えられるか公園のネットに向かってひたすらボールを蹴り込んで試行錯誤していた。

サッカーが上手くなりたいというシンプルな願望ももちろんあったけど、自分で仮説を立ててボールを思い通りに蹴られるようになることそのものが、あのころのぼくにとっては形容できないくらい本能的に楽しかった。

当時は今ほどにプロのプレーを見る環境はなかったからもっぱらぼくの中でプレイのお手本になっていたのは数少ないA代表の試合だった。そしてモチベーションの源泉はキャプテン翼だった。

あれから10数年経つ。
最近中高とやっていたバレーボールを再開していて、ようやく感覚が戻り始めた。
そうすると、もっとうまくプレーできないかと模索する余裕も出てくる。

リビングに置いてあるミカサの黄色と青のスパイラル模様のボールを暇があれば触っていて、レシーブをする際ボールに触れる自分の腕の面積はもっと広げられるんじゃないかとふと気づいた。
レシーブの目的はボールの勢いを殺してセッターに返すことだ。
となるとボールに触れる面積は広いほどに安定し、勢いを弱めることができる。

成人男性にしては腕の細いぼくのようなタイプならなおさら当てられる面積は広い方がいい。
レシーブの形で手を組んだ時に肘が真下を向くように意識すると腕の面の広い部分が空を向く。
少し腕から肩にかけて窮屈だけど、何度かボールを跳ねさせてみると今までに聞いたことのないくらい低い音がなった。確実に勢いは殺せている。

何か問題を見つけて、仮説を立てて試行錯誤してみる。
こうやって一つの答えにたどり着いたときの嬉しさは夕方に一人でボールを蹴っていたあの頃と変わらない。