人の考えを変えられるなんておこがましい

たまに、ごくたまに、何の因果か、全てが上手くいったからか「おかげで勉強が楽しくなりました」とか「勉強に対する見方が変わりました」なんてことがある。
でもこれは運とタイミングが成せる技であって、結果的にそうなったとしかいえない。正直に言えば再現性はない。
結果的に勉強が楽しいと思える子が仲間が増えたようでこの上なく嬉しいのは間違いないのだけど。

色々な子どもたちを見ていて人の考えを変えられると思うのはなんともおこがましいことだと思った。

逆の立場になって考えてみよう。
仮にぼくに対して誰かが、何か特定の考えや信条を絶対的に正しいものかのように押し付けてくるとする。
ただぼくは自分が実際に見聞きしたことを人生の方針として据えたいので、そうなれば話半分にしか聞かないだろうし、率直に想像力が乏しい人だと軽蔑さえするかもしれない。
そこには議論の余地が残されていなくて、ただ人の考えを変えようという思惑だけがある。
ぼくはそれを傲慢だと思うし、そう言う考えで結果としてなにか他人に良い影響を与えられるとは思えない。

だからぼくがとっているスタンスは押し付けないけれど、自分はこういう考え方をしていると表明することだ。
選択肢として提示することは大切だと実感するし、なにより選択肢を知らないのはもったいないから。
それを踏まえて選ぶか選ばないかはその人次第だというスタンスだ。

そこに関しては胸を張って正しいと思っている。