勉強を子どもだけのものにしない

ぼくは大学卒業後に大学院に入ったものの、紆余曲折あり中退した。
このことを話せばもったいないとよく言われるけれど、正直なところ得られたものは大きい。

それは研究の難しさであったり、得られた人脈であったり、そのころに得られた体験だったり。
なかでも一番大きいのは、いつだって学び直せると思ったことだ。

ぼくの通っていた大学院では社会人の学生が在籍していて、同じ学生として彼らにはその経験値の違いに圧倒された。
彼らは仕事と学業の間で時間のやりくりをしながら精力的に学んでいた。研究で抱える問題意識が熟考のなかにあって、そういった彼らの存在が年齢や境遇に関係なく大学は常に開かれた存在だと教えてくれた。

そう思ったからこそ、ぼくは大きな不安を抱えることなく大学院を辞められた。
この経験は今もなおぼくのなかに生き続けている。
世界的に見てもリカレント教育と呼ばれる社会人の学び直しが推奨され、実際に大学も実現できるカリキュラムを組み始めている。日本はそのなかでもリカレント教育では遅れていると叫ばれてはいるものの、実際には大学の現場の努力と学生の自助努力の上で成り立っている印象を持っている。

そんな姿にこそぼくは尊敬を抱いたし、今後自分が学び直す上での自信にもなった。

いつでも学び直せると大人が思うことは、子どもに対してもより寛容になれるんじゃないだろうか。どうも大人が子どもに向ける勉強をさせる圧力は、勉強が子どもだけのものだというきらいがありすぎる気がして。